東京・2泊3日の目安
東京を物語で旅する
湿地だった土地を、掘って埋めて都市にした。その工事の跡が今も街の形です。
地形を作り変えてできた都市
徳川家康が入った当時の江戸は、日比谷のあたりまで海が入り込む低湿地でした。城を中心に堀を掘り、出た土で低地を埋め、水路で物を運ぶ。この土木工事の結果が、今の東京の道路と水路の形です。東京をまわるのは、人が地形を書き換えた現場を見ることです。
それぞれの場所で、何が分かるか
1皇居

江戸城の跡です。内堀の外側にはかつて外堀があり、堀は「の」の字を描くように外へ延ばされていきました。町はその堀に沿って拡張されています。外堀の大半は埋め立てられて道路や線路になっており、いまの千代田区・中央区の道の走り方に、その跡が残っています。
2浅草寺

江戸ができる前からある寺です。城下町の外側にあったため、庶民の盛り場として発展しました。計画された城下と、自然にできた盛り場の違いが、街の密度として残っています。
3明治神宮

森は人工林です。長い年月をかけて自然林に近づくよう樹種を選んで植えられました。都市の真ん中に森を「設計して」置くという発想が、近代日本のものです。
4上野公園
寛永寺の境内だった土地が、日本で最初期の公園の一つになりました。博物館や美術館が集まっているのは、明治政府がここを文明開化の展示場にしたからです。
5東京スカイツリー

地上デジタル放送のため、高層ビル群より高い電波塔が必要になって建ちました。場所が隅田川の東岸、江戸の下町だった側に選ばれたことに、都市の重心の動きが表れています。
6東京タワー

戦後復興期の電波塔です。当時これより高い建造物が周囲になかったから成立しました。スカイツリーと二つ見ると、東京がどれだけ高く厚くなったかが分かります。
7東京国立博物館

上野公園の中にある日本最大の博物館です。各地から集めた品が一か所に並んでいること自体が、近代国家が「国の歴史」をどう組み立てたかを示しています。
8築地場外市場

魚河岸は日本橋から関東大震災のあと築地へ移りました。市場そのものは2018年に豊洲へ移りましたが、場外の店は残っています。水路で物を運んだ都市が、どこに台所を置いてきたかが分かります。
9増上寺

徳川将軍家の菩提寺です。すぐ後ろに東京タワーが立っていて、同じ画面に将軍家の墓所と戦後の電波塔が入ります。この街が何を積み重ねてきたかが、一枚に収まる場所です。
10新宿御苑

もとは信州高遠藩の江戸屋敷で、のちに皇室の庭になりました。大名屋敷の敷地がそのまま緑地として残ったもので、東京に大きな公園が点在する理由の多くがこれです。
11渋谷センター街

谷の地形の底にあたる場所です。渋谷という名前のとおり、駅は谷の底にあり、四方から人が坂を下って集まります。人が集まる理由が、商業より先に地形の側にあります。
12六本木ヒルズ

戦後にアメリカ軍の施設が置かれた地域で、そこから外国人向けの街として育ちました。再開発でできた高層の街ですが、なぜここが選ばれたかは占領期にさかのぼります。
13靖国神社

明治以降の戦没者を祀るために国が作った神社です。古くからの土地の神ではなく、近代国家が必要として設けた施設だという点が、他の神社と根本的に違います。
14日本橋

五街道の起点で、いまも道路の距離はここから測られます。橋の上を高速道路が覆っているのは、東京五輪に向けて川の上に道を通したためです。起点だった場所が、次の時代の起点に上書きされています。
まわり終えると
東京をまわり終えると、この街が「もともとそこにあった土地」ではなく、掘って埋めて作られたものだと分かります。道が曲がっている理由も、川が唐突に消える理由も、工事の痕跡です。
この14か所を最短で回るなら
2泊3日で、移動は合計7時間17分。泊まるなら溜池山王駅周辺→新御徒町駅周辺。
- 1日目 皇居→築地場外市場→増上寺→東京タワー
- 2日目 六本木ヒルズ→渋谷センター街→明治神宮→新宿御苑→靖国神社
- 3日目 上野公園→東京国立博物館→浅草寺→東京スカイツリー→日本橋
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