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奈良・1泊2日の目安

奈良を物語で旅する

国というものが作られていく途中の、実物が残っています。

日本が「国家」になろうとした時期の現場

奈良に都があった時代、日本は中国にならって法律と役所を持つ国家の形を整えようとしていました。仏教はそのための道具でもありました。奈良の寺は信仰の場であると同時に、国家事業の跡でもあります。京都より前の、土台を作っていた時期を見ることになります。

奈良の位置関係
番号は本文の順です。

それぞれの場所で、何が分かるか

1東大寺

東大寺
東大寺/Mont Blank rich・CC0

大仏は聖武天皇が国家の事業として造らせました。疫病や政変が続くなかで、国全体をまとめる象徴が必要とされた結果です。信仰の話であると同時に、統治の話でもあります。

2法隆寺

法隆寺
法隆寺/663highland・CC BY 2.5

現存する世界最古級の木造建築群です。ただし最初の伽藍(若草伽藍)は670年に焼失しており、いま建つ金堂・五重塔は、そのあと7世紀後半から8世紀初めに建て直されたものと考えられています。それでも1300年前の木組みが立ち続けている事実は変わりません。奈良時代よりさらに前の技術と様式を、目で確認できます。

3春日大社

春日大社
春日大社/Saigen Jiro・CC0

藤原氏の氏神を祀ります。天皇家ではなく特定の一族の神社が、これだけの規模で都に置かれました。誰が実権を持っていたかが、社殿の格として表れています。

4興福寺

興福寺
興福寺/663highland・CC BY-SA 4.0

同じく藤原氏の寺です。神社(春日大社)と寺(興福寺)を一体で運営していました。神と仏を分けずに扱っていた時代の実際の姿が分かります。

5奈良公園

奈良公園
奈良公園/Daderot・CC0

鹿は春日大社の神の使いとされ、そのため保護されてきました。野生動物が長く市街地に共存している状態自体が、信仰が制度として機能してきた証拠です。

6薬師寺

薬師寺
薬師寺/663highland・CC BY 2.5

天武天皇が皇后の病気平癒を願って建てた寺です。東塔だけが創建当時のもので、隣の西塔は昭和の再建です。千三百年ぶんの色の差が、二つの塔を並べて見ると分かります。

7唐招提寺

唐招提寺
唐招提寺/Naokijp・CC BY-SA 4.0

唐から渡ってきた鑑真が開いた寺です。何度も渡航に失敗し、失明してなお来日した人が建てた場所で、当時の日本が何を求めて海を渡らせたかが分かります。

8平城宮跡

平城宮跡
平城宮跡/Tsuyoshi chiba・CC BY-SA 4.0

奈良時代の都の中心だった場所です。いまは広い原野になっていて、都がどれだけの広さを必要としたかが、何もない空間として分かります。

9元興寺

飛鳥から平城京へ移された寺です。屋根には飛鳥時代の瓦が今も混じって葺かれています。都ごと引っ越すという発想と、その痕跡が屋根に残っています。

まわり終えると

奈良をまわり終えると、京都以前に「国のかたち」を作ろうとした時期があったことが実感できます。大きな寺は信心の産物であると同時に、政策の産物でもあったと分かります。

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